『セルフ・ブランディングと”Me”エコノミー』 NY Timesより(2/2)
先日ざっくりとですが抄訳したNY Times掲載のセルフブランディングの記事が興味深かったので、気になっていた後半もしてみました。あらためて感じるのが海外での公職従事者がツイッターを政策の中に利用、活用していて、フォロワー数の規模も何十万という事例がいくつかあること、また国務省という公務員であっても個人名で情報発信をしていることです。
日本での公的なセクターでのソーシャルメディアの活用は、まだまだ試行錯誤が続きながら改善、浸透が進んでいる(ゆっくりではあっても)、と思ってます。日本ならではの利用法も出てくると信じています。そんなきっかけに以下の抄訳:-)記事が役にたてば、と思っての掲載ですっ。
『セルフ・ブランディングと”Me”エコノミー』- Branding dgfev online casino and the ‘Me’ Economy – NYTimes.com
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熱心なパーソナル・ブランディングは現職でない選挙候補者の間に広く見られ、毎日のようにソーシャルメディアを活用して(アシスタントにタイプはしてもらいつつ)、多くの人に対して情報を発信している。企業で勤める社員も、会社の広報担当者のチェックを受けないままオンライン上での「評判」を形成しようとしている。ジャーナリストもまた、単純にレポートをするだけに留まらず、自らの記事をブログ、ツイッター、facebookで発信している。
ただ、もっと顕著に独自のパーソナルブランディングが広がっている場所として挙げられるのは、文言がとても大切である「外交」の世界においてだ。
例えばアメリカでは、国務省では技術長けたシニアスタッフの Jared Cohen、Alec Ross、Katie Stantonらに個人の積極的なパーソナルブランディングを許可している。ツイッター上で彼らは国家の状況をレポートし、ハイチへの寄付を呼びかけ、一方で軽いテーマ、日々の何気ない出来事(息子のこと、最近の映画のこと)もつぶやいている。
ロス氏とコーエン氏のツイッターアカウントはそれぞれ30万程度の人にフォローされている一方、国務省のオフィシャルアカウントのフォロワー数は1万4千人である。
このギャップを認識した国務省は先週、異例の派遣団をモスクワに送ったがそこにはシリコンバレーの起業家、熱心なツイッター利用者の俳優アシュトン・カッシャー、そしてテクノロジーに明るい国務省のコーエン氏が含まれており、これはヒラリー国務長官のいうところの21世紀型の国政術のモデルとのことだ。国務省でもセキュリティ、外交官による不適切な発言等のリスクを心配する声もある。ただかつてグーグルで働いた経験を持つスタントン氏は、例えば彼女のツイッターの略歴に「母、公務員、カップケーキの専門家」と書かれているような「パーソナルブランド」によって疑い深い外国人はアメリカに対して違った視線を向けてくれるかもしれない、という。機関を信じるよりも個人を信頼するほうがよっぽど楽だから、と。
公職に従事している人の筋書き通りのメッセージや企業広告による刷り込みを忌み嫌う人にとって、パーソナルブランディングは救いを差し伸べるかもしれない。もしテレビ放送が過去何十年にも渡って機関・組織のメッセージをひとつにまとめることを推奨してきたとするなら<ば、ソーシャルメディアの登場によって多様性が再生しているといえる。組織は今や統制をはずしたものになっている。 インドの外務副大臣で65万人のフォロワーを持つ Shashi Tharoor氏によると、個人的なスタイルで拘束力のないコミュニケーションを進めることで公職者のメッセージの受容性が高まる、と言っている。インドにおいて大臣は市民から知られておらず、近寄りがたい存在、と見られている。曰く、「自分の考えていること、仕事の詳細、通常の生活、気になっていることを共有することの一部の理由は、国民に自分達のリーダーは自分と関係ある人である、ということを示すことだ。」守旧派の政治にとって Tharoor氏のツイッターは不評で、また、慣習を否定しているとして批判もないことはない。
企業もまたパーソナルブランドに対して悪戦苦闘している。広報会社エデルマン社のアナリストリレーションの責任者によると、多くの顧客企業がは二つの意見に引き裂かれているという。多数の声によりブランド毀損しているという考えと、優秀な従業員の獲得のためにはブランドの中のブランドへの寛容さ、つまり従業員の情報発信への寛容さが必要だ、という考え方だ。
そうした例として、マーケティング・リサーチ会社、フォレスターリサーチは今月、著名アナリストが書いた自分の分析記事を個人ブログに掲載することを禁じたが、この事例は広く話題になり、セルフブランディングに対しての反発として解釈された。
パーソナルブランディングはもちろん大きな組織のみならずブランド化しうる個人の人生にも影響を与える。雇用の安定性を強化するものか、或いは我々の不安を煽るものなのか?権力や影響力を、教養を持った人から単にブランディングが上手な人に転換するものなのか?ブランド構築そのものが我々の心をかき乱すのか?北京から「hello」と挨拶をすること、映画「アバター」の感想をいち早く書くこと、会議・カンファレンスでの最先端の洞察・発見を配信する等、個人視聴者からの期待・プレッシャーは大きい。ただ、社会は今までも消化されてない発言や即座のポジショニングの試みでよくなってきているのではないだろうか?また自分自身をマーケティングすることで、そもそも自己改善することに目を背けることになるのではないだろうか?
