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2010 年 3 月 13 日 のアーカイブ

ソーシャルメディアとは象である~郡盲象を撫でるがごとく

2010 年 3 月 13 日 コメントはありません

いくつか気になっていたキーワードがつつながったので忘れる前にブログにupdate。

『Elephant in the dark(郡盲象を撫でる)』

先日、エレファント・デザイン社が運営する『空想生活』が主催する『トレーディング空想!』という展示会のオープニングイベントに参加する機会がありました。『空想生活』とは、「ユーザーの潜在ニーズをカタチに」をテーマに運営されてきた商品化サイト、今までにもたくさんのユニークな商品があります。3/11から月末までそれら商品を展示しつつ様々なイベントを開催、ということで初日はエレファントデザイン創業者・社長の西山さんのお話でした。

空想生活の歴史、現状、今後の展望をお話される中で印象的だったこと、それは「オープン・イノベーション」、「オンライン・マスコラボレーション」のようなものが益々広がり、一人の個人でもアイディア、或いはそれを購買活動や何らかの応援行為を行うことでマネタイズが可能な時代になって来た、とのこと。

提案されたアイディアが商品化された時、そのアイディアを応援した人にもロイヤリティ還元できるしくみの例としてデンマークの玩具メーカーLEGO社との協業が実現、そこでロイヤリティ収入で生活している元建築家の方の話が紹介されました。→http://bit.ly/9c9SdM

40分程度の短いトークイベントを通じて、同社が今後「トレーディング空想」というアイディアを交換するプラットフォームを開発する予定である、という話を聞きながらも、いまひとつ「ピン!」とは来てなかったものの、トーク・ディスカッションの最後に西山社長がさりげなくいった言葉が印象的でした。

『「Elephant in the dark」という言葉があります。まだ捉えにくい新しい事象のことに取り組んでいるので分かりにくいところもあったかも知れない。ただ、是非みなさんの心の中であとで引っかかる、ヒントとなる機会となっていれば幸いです』

「Elephant in the dark」とはいろいろな国で様々な解釈、物語があるけれど、日本では『郡盲象を撫でる』という言葉で現されています。

人がそれぞれの五感や知識に基づいて真理を語ろうとしても、言及できるのはその一端にしか過ぎないということ。目の見えない人たちが象の体を撫で回し、それぞれが手に触れた部分から象は太い綱のようだ、杖のようだ、太鼓のようだと見当違いの批評をしたという、仏典『六度経』にある寓話から。

同社が取り組んでいることはある意味今まさに進化発展している事象・現象で、そんなプラットフォームを利用して想像、創造に取り組んでいることを志向している会社なんだ、と、それはまさにソーシャルメディアの現在の発展段階そのものなのかな、とふと思った瞬間です。

「ツイッター」も、ある人からすると「時間の無駄」、別の企業や個人は「リサーチ」「セルフブランディング」・「マーケティング」のためのツール、非営利団体・政府は寄付金や票獲得のための武器、ある人は「会話」をするための「場」であったり・・・・まだまだ読み解き、整理がとても必要なのでは、と改めて思った次第です。

さらに「郡盲象を撫でる」という言葉を検索したところ、こんなブログ記事も発見↓

『Web2.0とは象である――Web2.0のミームを再配置してみた』(Heartlogic)

自説や海外の情報を押し付けるのではなく、常に俯瞰的な視点を持ち、まだ混沌としたソーシャルメディアの発展段階を見つめ、松明をかざしながら見極めていきたい、と思いました。

ちなみにエレファント・デザイン社の社名の由来を改めて見てみると、やはり象にちなんだ以下の説明でした。

本来は呼吸器官である鼻を、象だけは手の代わりにモノを口に運んだり、水を吸って体を洗うシャワーとして様々な用途に使用している。つまり、同じものであっても従来の使い方にとらわれないで、想像力を働かせることができれば、これまで価値がないと思われていたものにも新たな価値が生み出せる。 従来のものに新しい使い方を与えたいという考えから、象の鼻にあやかり「elephant design」と命名。

西山社長はFastCompany誌が選ぶ「世界で最もクリエイティブな100人に昨年選ばれ、同社顧問にはFastCompany 創刊編集長 / 『魂を売らずに成功する』の著者でもあるアラン・ウェバーさんが就任されています。
3/14に同社イベントで『魂を売らずに成功する』のことを少しお話させていただきます。
詳細→トレーディング空想展 トークイベント(3/14 15:00-16:00 @ テプコ銀座館)

そんなご縁もあり、是非今まで以上に注目していきたいと思います。以上、おわりです♪

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『Social by Social』、ネットスクエアードイベント無事終了、スライド共有します。

2010 年 3 月 13 日 コメントはありません

既にネットスクエアード東京のブログには報告しましたが、3/9に開催された第7回ネットスクエアード東京イベント、 『Social by Social (ソーシャル・バイ・ソーシャル)~社会的インパクトを起こすためのソーシャルメディアの活用について』は、雪の日の中、たくさんの方にご参加頂き、無事開催することができました。参加いただいた方、視聴いただいた方、関係者の皆さん有難うございました!

当日利用したスライドをウェブ上にアップしたので、ネットスクエアードのこと、それから『ソーシャルメディア for ソーシャルチェンジ』と呼ばれるような、海外で非常に盛り上がっているテーマ、業界に興味をお持ちの方は是非ご覧になっていただけたら幸いです。

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『セルフ・ブランディングと”Me”エコノミー』 NY Timesより(2/2)

2010 年 3 月 13 日 コメントはありません

先日ざっくりとですが抄訳したNY Times掲載のセルフブランディングの記事が興味深かったので、気になっていた後半もしてみました。あらためて感じるのが海外での公職従事者がツイッターを政策の中に利用、活用していて、フォロワー数の規模も何十万という事例がいくつかあること、また国務省という公務員であっても個人名で情報発信をしていることです。

日本での公的なセクターでのソーシャルメディアの活用は、まだまだ試行錯誤が続きながら改善、浸透が進んでいる(ゆっくりではあっても)、と思ってます。日本ならではの利用法も出てくると信じています。そんなきっかけに以下の抄訳:-)記事が役にたてば、と思っての掲載ですっ。

『セルフ・ブランディングと”Me”エコノミー』- Branding and the ‘Me’ Economy – NYTimes.com

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熱心なパーソナル・ブランディングは現職でない選挙候補者の間に広く見られ、毎日のようにソーシャルメディアを活用して(アシスタントにタイプはしてもらいつつ)、多くの人に対して情報を発信している。企業で勤める社員も、会社の広報担当者のチェックを受けないままオンライン上での「評判」を形成しようとしている。ジャーナリストもまた、単純にレポートをするだけに留まらず、自らの記事をブログ、ツイッター、facebookで発信している。

ただ、もっと顕著に独自のパーソナルブランディングが広がっている場所として挙げられるのは、文言がとても大切である「外交」の世界においてだ。

例えばアメリカでは、国務省では技術長けたシニアスタッフの Jared CohenAlec RossKatie Stantonらに個人の積極的なパーソナルブランディングを許可している。ツイッター上で彼らは国家の状況をレポートし、ハイチへの寄付を呼びかけ、一方で軽いテーマ、日々の何気ない出来事(息子のこと、最近の映画のこと)もつぶやいている。

ロス氏とコーエン氏のツイッターアカウントはそれぞれ30万程度の人にフォローされている一方、国務省のオフィシャルアカウントのフォロワー数は1万4千人である。

このギャップを認識した国務省は先週、異例の派遣団をモスクワに送ったがそこにはシリコンバレーの起業家、熱心なツイッター利用者の俳優アシュトン・カッシャー、そしてテクノロジーに明るい国務省のコーエン氏が含まれており、これはヒラリー国務長官のいうところの21世紀型の国政術のモデルとのことだ。国務省でもセキュリティ、外交官による不適切な発言等のリスクを心配する声もある。ただかつてグーグルで働いた経験を持つスタントン氏は、例えば彼女のツイッターの略歴に「母、公務員、カップケーキの専門家」と書かれているような「パーソナルブランド」によって疑い深い外国人はアメリカに対して違った視線を向けてくれるかもしれない、という。機関を信じるよりも個人を信頼するほうがよっぽど楽だから、と。

公職に従事している人の筋書き通りのメッセージや企業広告による刷り込みを忌み嫌う人にとって、パーソナルブランディングは救いを差し伸べるかもしれない。もしテレビ放送が過去何十年にも渡って機関・組織のメッセージをひとつにまとめることを推奨してきたとするなら<ば、ソーシャルメディアの登場によって多様性が再生しているといえる。組織は今や統制をはずしたものになっている。

インドの外務副大臣で65万人のフォロワーを持つ Shashi Tharoor氏によると、個人的なスタイルで拘束力のないコミュニケーションを進めることで公職者のメッセージの受容性が高まる、と言っている。インドにおいて大臣は市民から知られておらず、近寄りがたい存在、と見られている。曰く、「自分の考えていること、仕事の詳細、通常の生活、気になっていることを共有することの一部の理由は、国民に自分達のリーダーは自分と関係ある人である、ということを示すことだ。」守旧派の政治にとって Tharoor氏のツイッターは不評で、また、慣習を否定しているとして批判もないことはない。

企業もまたパーソナルブランドに対して悪戦苦闘している。広報会社エデルマン社のアナリストリレーションの責任者によると、多くの顧客企業がは二つの意見に引き裂かれているという。多数の声によりブランド毀損しているという考えと、優秀な従業員の獲得のためにはブランドの中のブランドへの寛容さ、つまり従業員の情報発信への寛容さが必要だ、という考え方だ。

そうした例として、マーケティング・リサーチ会社、フォレスターリサーチは今月、著名アナリストが書いた自分の分析記事を個人ブログに掲載することを禁じたが、この事例は広く話題になり、セルフブランディングに対しての反発として解釈された。

パーソナルブランディングはもちろん大きな組織のみならずブランド化しうる個人の人生にも影響を与える。雇用の安定性を強化するものか、或いは我々の不安を煽るものなのか?権力や影響力を、教養を持った人から単にブランディングが上手な人に転換するものなのか?ブランド構築そのものが我々の心をかき乱すのか?北京から「hello」と挨拶をすること、映画「アバター」の感想をいち早く書くこと、会議・カンファレンスでの最先端の洞察・発見を配信する等、個人視聴者からの期待・プレッシャーは大きい。ただ、社会は今までも消化されてない発言や即座のポジショニングの試みでよくなってきているのではないだろうか?また自分自身をマーケティングすることで、そもそも自己改善することに目を背けることになるのではないだろうか?

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